楽しいセカンドライフ日記    2021年版 本文へジャンプ

 2021.9.23 晴れ     天日乾燥◆ 35
稲を刈り取って乾かす「乾燥」については、今は乾燥機で人工的に乾かすが、弥生時代のはるか昔から昭和45年頃まで、自然の太陽と風を利用して乾かす「天日乾燥」で行ってきた。写真の方法は「棒がけ」とか「くいかげ」と呼んでいる。わたし できるかって? もちろんできますよ。さんざんやりましたから。辛かったですけど収穫ですからね、脱穀して米にすれば美味しいご飯が食べられるし、供出すればお金になって生活できますからね。
自然乾燥米が美味しいということですが、正直言ってそうとも限らない。機械性能技術が発達して最高の状態に乾燥するように自動制御するそうだ。乾燥機の値段が数百万円するそうですから、大規模農家しか対応できません。我が家ではこの「棒かけ」乾燥時代で農業から撤退しました(涙) 「棒がけ」の方法は簡単です。穂を外に出すように綾に交互に重ね一番上は風に飛ばされないように結わえるようにする。写真の一番手前ではダメですね。風に飛ばされます。
穂が乾燥したら「とっけす」と言って穂を中に入れて根元を乾かすように積みなおします。しっかり乾燥したら稲運びといってすべての稲を家の作業場に運びこんで脱穀・精米という段取りです。手間暇がかかったんですよ。米という字をほどいてみれば八十八となり、八十八回の手間がかかるということです。
 2021.9.19 晴れ     栗拾いです 34
早朝散歩を1日でも休むと体の調子がイマイチだ。そしてただ歩くだけではつまらない。小さな目的を持つことが歩く力になる。昨日は一日中雨降りで少し風も強かった。こうなれば目的はひとつ。そう 栗拾いです。
私の町には公園が沢山あり、遺跡が公園になっているからだろう。ここは蜂谷森公園だが縄文人が食べていたであろう栗の木が沢山あり、だれでも栗拾いを楽しめる。
そうそう ライバルがおおいのですよ~ (笑)
最近2・3日おきにこのコースを歩くことにして、両手いっぱいの栗を拾うのが楽しみだった。今朝は少し気合が入っていましたよ。だって夜に風が強かったもの。早く行かないと沢山拾えませんから15分早くスタートした。 遅かったですね。目的の採りやすい場所にイガの残骸が沢山あったが栗はほんの少しだけ。
たぶん夜明け前に来たのだろう。私たちは次の場所も予定していたのでそちらに移動。
ありましたねぇ まだ 誰も拾った様子はありません。面白かったです。30分ほどでこれだけ拾えた。楽しかったなあ ひと仕事おえたような満足感を味わえた(笑)
 2021.9.16 晴れ     吐き出す蒸気の音 33
週末に小牛田駅からSLが走る。今週は本番さながらの試験運転をしている。田んぼのあぜ道や踏切にカメラ片手に密になって写真や動画を撮ろうとしている。私は歩行者専用の陸橋からパチリとしてきた。
SLが通り過ぎるときの吐き出す蒸気の音・D5なので片側4輪づつの全部で8輪の車輪を回すシャフトと車輪の動力音が、耳からではなく体全体にバシバシ響いてくる。
このSLの部品一つひとつがそれぞれの役目を担って、この大きな巨体を動かしている。
私の子供の頃の夢はこのSLの整備屋さんだった。あの動力車の人たちの仕事着にもあこがれたね。全然かっこよくないんだよ、油や石炭灰で汚れていて、労働者という感じだった。そう国鉄の労働者だね。
 2021.9.13 晴れ     板蕎麦大盛ゲソ天付き 32
緊急事態宣言から蔓延防止にレベル変更となった。何度もこのパターンの繰り返しなので、この先どのようなライフスタイルで生活するか真剣に考えないとね。だって 70歳になり生きてあと10年だし、元気に動けるのはこの先5年だろうからね。この世に未練を残さないようにするのに忙しいのですよ(笑)そんなわけで奥羽山脈を越えて山形の大石田町に行き、黄金色の温泉に入り、湯上がりに大石田 板蕎麦大盛ゲソ天付きを一気に食べた。
山形県に入ると蕎麦畑があちらこちらにお目にかかる。真っ白い花が風に揺られ、ようこそ蕎麦街道の山形へと迎えてくれているようだ収穫は11月かなぁ。その頃ですよ新そばが食べられるのはね。待ち遠しいねぇ。 蕎麦の花をまじまじと見たことはない。
きれいだねぇ。蕎麦の香りがしたかって? 
するわけないでしょ!!
大石田町のあったまりランドの温泉だ。
これは露天風呂の脇にある1人用の湯船だ。
幸福の雄三毛猫の湯 というそうだ。
もちろん入ってみました。ザブーンとね。 
湯の色が黄金色でしょ。少しヌルヌル・スベスベします。匂いはしません
内湯に入る人はいません。外の露天風呂に数人いた。やはりコロナ感染防止のためなんですよね。わたし? 私は内湯のジャグジーを足の裏に当て気持ちよくマッサージした。特に指の間に当てるとすごく気持ちいい。
連れ合いは奥山に入ると何かしら収穫しないと気が済まない。今日もミズを採った。もちろんミズの実がついている奴だ。 ブナの原生林です。雰囲気が良いですよ。
私はブナ林からお空を見上げるのが大好きだ。木漏れ日がキラキラと光りなんとも言えない清々しさを感じる。そしてブナ林の遠くから山の神様がジィッとこちらを見守ってくれているようなそんな気がする。私はブナ林に身を置いている時がイチバン素直な気持ちになれる。
70歳の老人が おかしいでしょ(笑)
 2021.9.12 晴れ     力強くて迫力満点だ 31
のんびりテレビを見ていたら、ぼぉ~ん ピー~ とSLの汽笛が聞こえてきた。おおっ やってるな! SLが来ることは知っていた。東北デスティネーションキャンペーンで小牛田駅を始発に陸羽東線を走るイベントが一週間後にあるからだ。SLの試し釜焚きから構内運転で点検調整しているのだろう。歩いて3分なのでデジカメ片手に駅に向かった。
真っ黒に化粧されて黒光りしているSL(D51)はデカい。汽笛を鳴らし車輪の脇から真っ白い蒸気をシューッと出し動き始めると、力強くて迫力満点だ。機関手は前方ヨシ!の指差確認をしている風です。子供の頃に見た風景だ。なんか胸がドキドキしておもいっきりガンバレ~と声を出しそうになった。
私の住んでいる町で自慢するものは少ない。
いいえ ないに等しいです(涙) 私的にあるとすれば鉄道の町です。東北本線小牛田駅ですけど石巻線・陸羽東線のハブ駅としての機能を持っていて、仙台駅の次に規模が大きい。駅構内の広さが2kmは軽く有るでしょうね。そこをSLが試験運転していたんです。もちろんD51だ
通常SLの運転には機関手(運転操作)と機関助手(釜焚き)の2人が乗ります。釜焚きとはSLは蒸気で動くので石炭を焚き燃やして蒸気を作る。その石炭を釜にくべる役目だ。今日は遠目に見て3人乗っていたようだ。そして写真のように前方確認にためタラップに乗って無線で指示している人も。現役当時は青と赤の旗で指示していたものだ。昔は"旗振り役"と言っていたかなぁ
 2021.9.2 晴れ     海を見ながら食べると     30
緊急事態宣言が出て不要不急の外出自粛中なのですがストレスが溜まっています。なので誰もいない志津川湾に海を見に行きました。久しぶりの海です。
10年前の津波被害はほぼ回復し復旧復興は成し遂げられた感じがします。港には漁船が停泊し湾内には養殖筏が沢山浮かんでいた。ただ震災前の志津川街の風景はガラリと変わりました。よその町に来ているような印象です。
三滝堂に寄り美味しいアップルパイを買い求め食べています。連れ合いは美味しく食べている時が一番良い表情をします。 私もアップルパイが大好きです。海を見ながら食べると尚更美味しく感じます。
 2021.8.22 くもり     雨がシトシトとそぼ降り  29
雨がシトシトとそぼ降り 憂鬱な日曜日の朝を迎えました。こんな日は散歩もできず、図書館に行って新聞雑誌を読みに行くのにも躊躇します。うん 図書館に行くと私のような初老の人が数人いて、なかにはなにやらメモを取って調べ物をしている方もいます。私は同じ話題を新聞各紙がどのように記事を書くのか比べて読むのが好きです。
満開のタカサゴユリです。とてもきれいです。我が家の狭い庭に10本ほど咲いています。こちらに引っ越してくるときに、数本のつつじやドウダンと一緒にゆり根も入っていたのでしょう。
四季咲き木犀です。四季咲きとは季節ごとに咲くという意味ではないそうで、年に数回咲くということなそうです。確かに真冬を除き春から数回咲きます。花はすごく小さく離れては見えません。大きくパッと咲く花は見ごたえがありますけど、このように小さく可憐に咲いているのも心にしみます。鼻をそっと近づけるとキンモクセイに似ていても匂いは左程強くはありません。寒風に強くないようですから、防風ネットで保護してやってます。成長は遅く剪定など必要ありません。
8月いっぱいまで植木職人は休業です。暑いですからね。東北人は暑さには弱いです。なので涼しいエアコンの下で本読みをしています。
いいえ 本読みよりも寝ている方が長いです。奈良時代を読み終えたので太平記の時代を読み始めています。もう50年も前に太平記を読んでいますが、内容はすっかり忘れています(笑) もう一度読み直す気力はありませんからこのような解説書で楽しんでいます。
図書館が近くですからちょいと歩いて借りられます。
 2021.8.20 晴れ     感謝状を戴きました  28
70歳になったのを機に6年3カ月勤めた水位観測員の仕事を辞めました。町民長年の悲願である街を囲む堤防が完成し、灌漑用水の水門も併せて設置され水害から街が守られるようになったのです。私はその水門開閉装置の定期点検試験を担ってきました。6年程しか勤めなくても感謝状を戴きました。記念品もあるのかと思いきや感謝状と辞職の辞令のみでした。(笑) NTTを60歳で定年退職し地元の市役所に再就職しました。2年ほど勤め辞職するときに河川事務所の仕事をいただいたのです。ありがたかったですね。70歳になりましたので生きて後10年かなぁ。お勤めは卒業することにしたのです。この先はシルバーで趣味の植木剪定で暇をつぶそうかなぁと思っています。
田んぼと街を区切るように国道兼用の二線提バイパスが作られ、その脇に水門操作盤があります。大雨や堤防決壊時に水門を閉じます。操作盤の目視点検と運転操作試験を実施します。
操作員は2名ですが国交省河川事務所の係長さんが立ち合いに来ます。操作そのものは難しくありません。沿岸沿いや大きな河川の水門ではなく大崎耕土のどん真ん中の田んぼの灌漑用水路の水門ですから危険な場所では全くないです。
先の台風19号の時の状況です。もう少しで体育館が浸水するところでした。この時は2晩48時間徹夜で水位観測をしていました。疲労困憊でした。
 2021.8.9 くもり     大化の改新前後を勉強して  27
わたくし シルバー植木職人は梅雨明けの猛暑から仕事はしていません。お得意さんには9月から再開しますと伝えている。その辺の融通はシルバー人材センターならではの遣り繰りです。 かと言って何するでもなく1時間の早朝散歩と30分の夕方散歩しかすることがありません(笑) スポーツクラブの70歳半ばの先輩が数学Ⅲを勉強しているという話をしていた。すごいな!!と感じました。私にはそのような学力も無いしなぁ。ヨシ!! 時代のヒーロー中大兄皇子の大化の改新前後を勉強してみようと思い立ったのだが・・・
飛鳥・奈良時代を語るときどうしても日本書紀に頼らざるを得ません。なにせ正史と言われてきましたからね。でも近年古代研究家によって偽史の側面も持つことが分かってきたそうです。なにせ勝者側が都合の良いように書き残したものですから。そこには山背大兄王の死から乙巳の変・大化の改新そして壬申の乱さらに大宝律令を見ていかないとなりません。
時の権力者として蘇我氏や藤原氏は権威者の天皇に后を送り政治の実権を握ってきた。そこのところが争いの元凶だろう。天皇家に生まれたこと自体が命を狙い狙われる運命だったようだ。
藤原不比等らによって編纂された日本書紀が完成した頃に元明天皇によって藤原京から平城京へ遷都したようだ。とにかく様々な人物が登場して系図を見ながら読まないと理解不能だった。それに今でいう近親相姦(近親結婚)は権力維持のために当たり前のように行われていた模様だ。もちろんその裏には権力闘争もあり読んでいては面白い。振り返れば天皇家とは一族血を流しながら続いてきた感じがしてならない。
平城京跡から大量の木簡が出土してきた。その内容を読み解いていくと律令制度の中での暮らしぶりが詳細に分かってきたそうだ。位階は 少初位下から正一位まで30階あり、「貴族」とは五位以上の者を指したようだ。最下位の少初位下でもなんとか生活はそれなりに安定していた風です。やはり今も昔も官職につきたいと思うのは同じです。
奈良時代 推古➜皇極(斉明)➜持統➜元明➜元正➜称徳(孝謙)で八代、6人の女帝が次から次へと世に送り出されてきた。この奈良時代というのは歴史の曲がり角だったということかな。大陸の文化が渡来人を通して入り律令国家を目指し国家のありようを模索した時代だったようだ。そこには権力闘争が入り骨肉相食むこととなった。そこで緩衝材としての女性天皇の出番となったようだ。眺めてみれば1.000年も続いた藤原家の権力維持のため、歴史改ざんの日本書紀であり女帝誕生だったようだ。
 2021.8.7 晴れ     これが空手道の神髄です  26 
いまいち盛り上がりに欠くTOKYO 2020+1だが、私が楽しみにしていた種目がある。初めてオリンピック種目になった空手だ。空手道と言って欲しかったけどね。なぜ? もう50年も昔だが私が19歳の時に町の松濤館流の道場に入門し夢中になって稽古を積んでいたからです。昨夜はテレビにくぎ付けでした。特に清水 希容選手の大ファンです。可愛いし別嬪さんですからね(笑) 男子で優勝した喜友名 諒選手は空手道発祥の地 沖縄出身です、本場の沖縄空手を見せていただきました。スバラシイです。力強いです。技に切れがありました。そして優勝しても表情ひとつ変えないで畳に正座して礼をしてくれました。しびれましたね。
出場選手ただ一人でした。試合が終わり畳に正座して礼をする。これが空手道の神髄です。
感動したなぁ。くちびるが震えて声が出ませんでした。
惜しかったなぁ 誰もが金メダル取れると思っていたのにねぇ。繰り出す技に余分な"気"が入りすぎて全体に伸びやかさが足りなかった感じがした。
このチャタンヤラクーサンクーの形は、最初の構えは両腕を高く上げ中秋の名月のような形を作ります。円満な平和を表現し「空手に先手なし」を伝えます。そして"武"の原則に従い「降ってくる火の粉」は払わなければならないという理念から編み出された崇高な受けの形なのです。体から余分な力を抜ききっちり気合とともに技を決め、心静かに演武を終えることが大切です。終始相手を圧倒するかのような"気"は余分だと思います。
空手道の流派はたくさんありますが、発祥の地は沖縄です。沖縄空手が本家本元なんでしょう。喜友名 諒選手の流派は劉衛流と言って以前は名の知れた流派ではなかったはずです。なにせ 一子相伝をかたくなに守ってきた流派なそうですからね。喜友名 諒選手の師匠が道場を持ち広めたようです。そのような歴史を辿った流派らしい技の繰り出しです。力強いです。武器を持たず両手両足を鋼のように鍛え、挑んでくる相手をきっちっと受け、一撃で倒す まさしく沖縄空手の神髄を見せていただきました。
もう誰もが予想していた金メダルです。
おめでとう。
ここ 日本武道館は私にとって想い出の場所です。蛇足で申し訳ないですが、21歳から3年連続全日本空手道選手権大会に県代表で出場した経験があります。とにかく広くて天井が高いです。入った途端自分が虫けらのように思えました。もうそこで試合に負けていたのでした(涙)
この武道館という大舞台でそしてオリンピックという舞台で自分の技をすべて出し切り優勝するには並大抵の稽古ではできないことです。
 2021.8.4 晴れ     栗駒山に涼みに◆    25
今日の気温は今夏最高の36℃だったらしい。今朝5時起きして散歩した時に気温がぐんぐん上がるような感じがした。なので 逃れようと標高1.600mの栗駒山に涼みに行ってきた。途中いつもの沢に入り「ミズ」を採り「ミズの実」もササっと採ってきた。この時期の山菜取りはダメですね。沢が見えないくらい草が生い茂ってミズを見つけるのに難儀した。体感23℃くらいの栗駒須川で涼みながら弁当を食べ、眺めが良い露天風呂で湯ったりとしてきた。暑さは全然感じなく涼しかったなぁ。
これが山菜のミズです。青ミズと赤ミズを採ってきました。ミズを煮物にして食べるのが美味しいです。
夏ですから少し食べればいいです。

ミズの実です。茹でて麵つゆに漬け込んでから食べると美味しい。私は天麩羅にして食べるのが好きです。
夏場の時期には売っていないです。
宮城・岩手・秋田にまたがる栗駒山の須川温泉です。湯がこのように流れています。
案内板には50℃と書いてありました。

ここは露天風呂。なにせ空気が涼しいので丁度よい湯加減でした。最高の眺めでしょ。
ずっと先には秋田の鳥海山がうっすらと見えます。秋の紅葉は最高なんですよ。
お客さんですか? 3人だけでした。
 2021.7.24 晴れ     盛り上がりにかける  24
なんか盛り上がりにかける2020東京オリンピック、やはりその陰にはコロナ禍があるのは歴然としている。アスリートの皆さんの表情にも勢いみたいな熱い気迫が感じ取れないのは私だけだろうか。マスコミはオリンピック情報よりコロナ禍のニュースの方を大きく取り上げている感じがする。コロナを吹き飛ばす明るい話題をオリンピックに期待したいなぁ。
読書は冬場の植木職人オフシーズンだけにしていたが、オリンピックも面白くないしね。最近FBにコメントを入れていくのが楽しみとなっている。触発されて奈良時代をもう一度勉強しようと発奮している(笑)
開会式のアトラクションに期待してビール片手に観ていたが、なんか期待外れの開会式だった感じがする。日本国独自の伝統文化を基調にした開会式になるのか、それとも未来志向の出し物になるか、次か 次かと待っていたがいっこうにピンと来ない。ただ1つ静かに夜空を彩った1824台のドローンが地球儀を作る様は開会式イチバンのパホーマンスだった。
ドローンは市松模様の五輪エンブレムから、やがて地球の形に変わった。ドローンをどのように操っているのかなぁとか想像しながら観ていた。ここの部分は素晴らしかった。
 2021.7.15 くもり     今日の散歩コース◆  23
6月で70歳になりました。古希ですね。生きて後10年かなぁなんて思っています。1日いちにちが大切な日と思えるようになりました。かといって何しようとか思いつかないものです(笑) ただ少し気ままに暮らそうかななんて思っています。
いつもの散歩コースの鳴瀬川中流堰です。ここまでくると往復7.000歩あるきます。わたしは退職後国交省の非常勤職員として別の水門堰の定期運転試験を担ってきましたが、70歳を迎え職を辞することにしました。仕事の断捨離ですかね(笑)

今日の散歩コースを紹介します。
わたしの町は北浦梨でチョイと有名です。幸水,豊水を主に栽培しています。
子供の頃にはリヤカーで売りに来たものでした。

こぶしより少し小さめまで成長していました。
特産として"リンゴ梨"も栽培されています。リンゴと梨を交配させたものらしいです。アップル(リンゴ)とペア(梨)を合せてアッピーと名づけられたそうです。美味しいかって? まだ食べたことないのです(笑)
散歩していると所々に板碑を見つけます。庚申塔(こうしんとう)というらしいのですが詳しいことは分かりません。昔の人はなにか願いを込めて建てたのでしょうね。
供養塔とか馬頭観とも読み取れますけど、何を意味しているのかなぁ。
公園斜面に山ユリが咲いていました。ひと茎に一輪なのでまだ小さいゆり根のようです。
山ユリは斜面に自生しているのが多い。花数が10個以上あると地下のゆり根もかなり大きくなっています。
赤ちゃんの頭ほどのゆり根を見たことがあります。

山ユリの臭いは強烈で、家の中に飾ったら大変なことになります。そして花粉も強烈で服に着いたら中々取れません。
以前栽培していました。ゆり根を食べるためにね。ユリきんとんにするとすごく美味しい。
わたしは花を見るより根を食べる方が好きですね(笑)
公園から少し歩くと昨秋に剪定した時のサルスベリの家に着きます。校長先生だったというご主人と教師だったというご夫婦に、兎に角小さくしてくれというオーダーだった。切りすぎると枯れるかもと言うと、強引に枯れないように小さくしてと言います。やりたくなかったがぶつ切りしまくりました。一応芽のあるところで切っているんですけどね。
今朝見て安心しました。たくさんの枝を出してくれてます。サルスベリの花は新しい枝に咲きますから、沢山咲いてくれると思います。
また少し歩くと山前公園に出ます。縄文時代の遺跡です。
このような生活をしていたようです。
素山公園に来るとキノコが大量に発生しています。イグチと呼ばれるキノコですが、こちらではアワっこと呼んでいます。
キノコの裏の泡状の部分を剥がして食べます。お吸い物にして食べると出汁が出て美味しいです。
 2021.7.9 雨     突然胸が苦しくなり◆         22
6月22日で満70歳になりました。70歳になったらああしよう こうしよう と思い描いていました。春先から連れ合いとあちらこちらに遊びに出かけ幸せを感じていたんです。心の奥底でこんなに幸せで良いのか、逆に不安らしきものをふと思ったりもしました。6/13にお風呂に入っていたら突然胸が苦しくなり息が詰まりました。直ぐに治るだろうと思っていたら段々酷くなり苦しく死にそうになったのです。15分位続き徐々に回復して元通りになったのです。連れ合いは狭心症を疑っていました。心臓病の手引書みたいのを持っていて、そこを読むとピッタリ症状が同じでした。
  次の日早速循環器病院に行き様々な検査をした。心電図・レントゲン・エコー・血液検査どれも異常なしだった。先生は異常なしだがCTスキャンを撮っていきますかと聞きました。もちろんそうしますと答えその日の内に造影剤を入れてスキャンした。結果は一週間後ですとのことです。その結果が大変なことになっていた。冠動脈の太い部分が4/1に狭まっていた。4日後にはステント手術です。手術は40分程で無事終了。2泊3日の入院で済みました。写真の左上の部分の血管にステントを入れ血管を広げて血の流れを良くした。危なかった。
遅れていたら心筋梗塞であの世に行っていた。
写真は実際の私の狭窄した冠動脈とステント挿入後の写真。
CTスキャンの結果でおまけがついてきた。肺に白い影が映っていた。以前肺の病気になったことあるかと訊ねられたが、何もありません。スワッ 癌ですかと訊ねた。循環器の先生は市立病院の呼吸器内科に紹介状を書きますからということだった。もうてっきり肺癌と決めつけ死が近いだろうと勝手に判断する始末。今日が市立病院の診断結果を訊きに行った。PC画面に肺の画像が出ていて女医さんが丁寧に説明してくれた。結果は肺の一部組織が石灰化したもので癌ではないという診断です。それを聞いた時体の力が一気に抜けてしまった。(左の写真はnetから引用したもの) くっきりと白い米粒のようなものがそうなのだそうだ。3カ月後に再度CTを撮って様子を見ていくそうだ。何年か経過観察していくそうだ。
まずは安心してご飯を食べられるし安眠も得られそうです。
 2021.7.3 くもり     雨後のアジサイは  21
早朝散歩で山神社のアジサイを眺めてきた。雨降り上がりで幾分花は垂れ下がり気味だが、雨後のアジサイはイキイキとしてキレイです。こちらに引っ越す前 屋敷周りに7・80本程のアジサイ小径を作り地域の人に眺めてもらっていたのを想いだしながら散策してきた。
右のアジサイは花弁がモリモリと重なって咲き元気いっぱいの印象を与える。わたしはこのようなアジサイが特に好きです。
アジサイ園入り口。毎年花を沢山咲かせるには、毎年剪定しない方が良いなんて聞いたことがある。
本当かぁ~?  案外そうかも。
このガクアジサイは育てた経験からガクの部分が最初は白色で日が経つとピンク色に変わっていく。
アジサイ小径を連れ合いと一緒に「ああだ こうだと」話しながら歩きます。
連れは山野草など含め花にはチョイと詳しい。
よく特徴をつかんで説明してくれる。わたしは「あっそう」で終わりだ(笑)
この白いアジサイはアナベルです。花付きが抜群にいいアジサイです。育てやすいですね。
キレイだねぇ、今が一番キレイに咲いています。咲き始めから花が終わるまで花の色がグリーン系白系黄色がかったグリーン系と変わるのを見ている。
花が終わったらバッサリと根元から切っても翌年新しい茎に花をつける。とても育てやすい。
花がビッシリ咲いているのも良いが、案配よくパラっと咲いている方が私は好きだ。
特に青色が濃いアジサイを見つけた。パッとはっきりと目に飛び込んできた。
 2021.7.2 くもり     今朝は山神社に 20
体調維持に早朝散歩は欠かせない。年寄りは朝の目覚めが早いのでパッと起きて散歩に出かけることにしている。もちろん連れ合いも一緒にです。今朝は山神社に片道3.000歩25分コースだ。今はアジサイが満開に咲いていて参拝者の目を楽しませてくれる。
私のつたない写真よりこちらのyoutubeをご覧になってください。
この地域ではいちばん大きな神社です。
かつては県内は勿論東北各県から安産・子授けの神さまとして信仰されていたようです。
お願いすることはただひとつ、健康でいられますように。
手で振って鳴らす鈴に添えてある麻縄はコロナ禍で外してある。
それでも神様を呼び寄せることができるのでしょうかね?
そんなことを想いながら、ふっと上を見てみたら見事な彫り物があるではないですか。
参集殿脇の庭園は参拝客の疲れを癒してくれていたのでしょうね。
今はアジサイが満開に咲いていています。
これだけの庭園がある神社はこの辺では珍しいです。
眺めが良いでしょ、去年の秋に赤松の剪定をしていました。ひと枝でも剪定してみたいなぁ。
シルバーでは無理だろうなぁ。
 2021.6.29 晴れ     シャラの木が可憐な花を 19
早朝散歩を日課にしている。3.000歩~4.000歩を目標に歩いている。歩いて3分で小牛田駅前通りにでる。ここは植木など常に整備されて気持ち良く歩ける。そして真鯉や錦鯉も泳いでいて隣接する郵便局では餌を無料で置いてある。今朝はシャラの木が可憐な花を咲かせていたのでパチリと撮ってきた。
早朝5時半なのでまだ通勤通学の人はいない。田舎なんで日中もこんなものかなあ(笑)
JR駅から郵便局前まで人口水路が設置されて鯉が泳いでいる
昨日の夕方散歩で見たときにはやはり花が沢山落ちていた。朝に咲いて夕方には花は落ちると聞いていたが本当だね。そこで今朝本当に咲いているか確認に行ったんですよ(笑)
本当にキレイに咲いていましたぁ。咲いて間もない花。きれいだねぇ。
この花が夕方には花びら毎ではなく花ごとポツンと落ちる。
昨夕落ちた花。花の命は短いねぇ。
平家物語の冒頭で「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」は特に有名です。
この落ちた花を見ると、無常観あふれる言葉ですねぇ。
ナツツバキの幹肌です。よくサルスベリに似ていると言われます。
散歩の帰り道にサルスベリを見つけた。木肌を映して比べてみようと思い立った。
確かに似ています。見間違えるようです。
 2021.6.16 晴れ     雨後の筍 18
先週の雨上がりの翌朝に筍採りに行った。連れ合いは山菜取りなど採り物が何より好きな性分だ。わたし? 嫌いではないが連れ合いほどではないね(笑) この時期になると唐竹(真竹)のタケノコが一斉に出る時期です。
鍋2個分のタケノコです。これを茹でてなんとかするんでしょう。まずはタケノコご飯ですね。孟宗竹より唐竹の方が柔らかくて美味しい。
雨後の筍。雨が降った次の日にこのように大量のタケノコを収穫してきた。わたしは行かず連れ合い1人で行ったのです。早朝に採ってきて即皮を剝きます。そうしないと食べる部分の身が青くなってきて美味しくなくなるからです。
 2021.6.12 晴れ     三角厚揚げを食べる 17
毎年春と秋に定義山西方寺にお参りに行く。春は桜の咲く頃に行くのだが、コロナ禍なので行くのをはばかった。やっと仙台も感染者が減り、私たちも一回目のワクチン接種が終わったので行ってみようかとなった。
西方寺 大本堂です。近年になって建立されました。毎日御祈祷が行われています。浄土宗なので祈祷の始めには南無阿弥陀仏を唱えます。
西方寺は平家の落人の平貞能公が源氏の追討を逃れてこの地にやって来た。
ご本尊は阿弥陀如来様の御掛け軸(秘仏)なそうです。霊験あらたかな如来様で、平貞能公が源氏の追討から命からがら守り抜き、最後はこの地に隠れ、公の亡き後は遺言により、その墓上に祀られたことがこの寺の起源とされているそうだ。
西方寺をお参りする方は必ずと言っても過言ではなくこちらの三角厚揚げを食べる。
なので門前町一番お客さんが入るお店だろう。

トウガラシをこれでもかというほど振りかけ、醤油もたっぷりかけます。
塩分控えめ? この場合だけ掟破りだ(笑)

厚揚げの次は味噌こんにゃくだ。この味噌がとてつもなく美味しい。
そして次に揚げまんじゅうも食べた。
次はおはぎを食べに秋保のおはぎ屋さん「さいち」に行った。
1.ゴマおはぎ 2.あんこおはぎ 3.きな粉おはぎ 私の好きな順番だ。
あんこもきな粉もゴマもいっぱいまぶしていて食べ応えがある。
もちろん全て食べました。美味しかった。
 2021.05.29 晴れ     温泉に入って板蕎麦食べて     16
もっと もっと早く行きたかった。山形肘折温泉だ。春と秋には必ず行くことにしている。温泉に入って板蕎麦を食べてのコースはいつも通りだ。やっぱり蕎麦は山形で食べないと本当の蕎麦の美味しさは味わえないね。
開店休業中の人力車。パンフによるとこの人力車「たそがれ清兵衛」の撮影の時に出番があったそうだ。だとすると岸恵子さん(井口以登役)が故郷の海坂藩(鶴岡)に帰ってきたときのあのシーンだな。
 
挽きたて 打ち立ての場面は見れないが、茹でたては離れて見ることができる。打ち立ての蕎麦を熱湯に入れストップウォッチをONして1・2度サッとサイバシでかき混ぜ、ピッと湯で時間を知らせると手早くザルですくいあげる。そして水でササっと2度3度と洗う。そこの動作が手早い。そこが大事で蕎麦の味をおおきく左右するからだ。
 
私はいつもの板蕎麦を注文した。蕎麦の量は目分量でササッと盛り付ける。もう手慣れたものだ。早くお客様に出さないと。此処からテーブルに出るまで3分とかからない。
ほらほらね 蕎麦の繋がりが分かるでしょ。ワサビは汁には入れません。
蕎麦に着けて食べます。もう箸ですくいあげただけで口の中は蕎麦を食べる準備が整っています(笑)
いつもは黄緑色の湯だが、今日は透明に近い薄い緑色だった。お客さんは2人だけ。
寝湯とこちらに分かれて入浴してきた。
 2021.05.24 晴れ     山ツツジで有名な徳仙丈山        15
もう20年以上も前から徳仙丈山の山ツツジを観に連れて行ってと言われ続けてきた。その都度遠いからとか山登りが大変で膝がもたないとか言い訳を言い続けてきた。私も今年で70歳になるのでそろそろ行っておかないと本当に行けなくなるぞと決断した。決断なんて大袈裟なんだけどね(笑)
気仙沼市本吉地区に山ツツジで有名な徳仙丈山がある。自宅から2時間ほどで行ける距離だ。気仙沼は兎に角遠いイメージが先行している。NHKの朝ドラ「おかえりモネ」の舞台でもある。
山ツツジは今が満開だ。トレッキング気分で登ろうと気軽に上ったがきつかった。だが 野鳥の鳴き声と一緒に耳の奥ではカジカガエルの澄んだ鳴き声はとても美しく聞こえ疲れを癒してくれる。
徳仙丈山頂上から気仙沼湾を望むと大島が見えた。「モネ」の生まれた島だ。
ドラマでは亀島となっていたかな? 兎に角眺めが良い。

こちらは大谷海岸だ。天気が良かったので海の向こうまで見えた。海を見るとなぁ~  
どうしても津波を思い出すのっしゃ。
こちらもビューポイントだ。北陸から来た80歳だという老人ご夫婦は、このポイントから眺めるためにわざわざ来たのだという。
下山は別ルート(尾根道コース)を下りてきた。
ツツジのトンネルを背を丸めて通り抜けると、花の匂いが否が応でもブーンと入ってくる。
昼食は佐沼の船橋やと決めていた。15年ぶりの入店だがやはり「かも南そば」大盛を食べた。注文の時かなり多いですよ 食べきれますか? と聞かれる。私は大丈夫と大きくうなずいた。
これが「鴨南そば大盛」だ。一気に食べないと食べきれないと感じた。15年前はペロリと食べた記憶がある。今回はグッときた。大きくうなずいた手前食べきらないと・・・
美味しかったかって? もちろん!!
鴨の肉も美味しいし、汁は少し味が濃いが蕎麦には丁度良い。大盛なので継ぎ足しの汁まで用意されている。
この汁は蕎麦湯を飲むときに使った。これがとても美味しい。
 2021.04.28   晴れ     新緑が眩しい中     14
自粛は辛いです、他人に会わなければいいんでしょ。てな訳で自粛破りでいつもの栗駒国定公園内の花山削沢で山菜取りを楽しんだ。もちろん誰にも会いません。熊が出るか心配はありましたけどね(笑)
新緑が眩しい中クレソン・ミズ・山わさび・フキ・コシアブラ・コゴミそして みつ葉を採ってきた。コロナ禍なんか忘れていました。
水芭蕉の群生はあちらこちらでたくさん目に入った。ここは道路脇で写真が撮りやすかった。手で触れることもできるが遠慮して写真だけ撮らせていただいた。
この場所はクレソンの群生地点だ。GW中に誰かが採った様子が分かる。
採り方が荒い!! ふんずけている所もある。プンプン!!

私は沢に入り指先で丁寧に摘み採ります。いくらでも採れますけど、食べる分だけしか採りません。
それが山菜取りのルールだ。
この場所はクレソンの群生地点だ。GW中に誰かが採った様子が分かる。採り方が荒い!! 
ふんずけている所もある。プンプン!!
山菜取りを止めて泥湯に向かう途中に連れ合いがコゴミを見つけた。ゴリッとした最上級のコゴミだ。
もうこういうのを見たら採りたくなったんでしょうねぇ。長靴に履き替えて採り始めた。
 2021.04.28   晴れ     温泉に行きたくなった 13
温泉に行きたくなった。チョイと気軽に行けるのが鳴子温泉郷だ。いつもの早稲田の湯も良いが、今日はしばらくぶりに滝の湯に的を絞って行ってみたが・・・
残念なことにコロナ禍でお客が来ないので内装改修工事に入っていて休業中だった。残念無念。

ご紹介すると、お湯だけしかありません。これが通にはたまらないのです。銭湯じゃあるまいし、石鹸で体を洗うこともできないし、シャンプーなんてとんでもありません。黙って静かに湯に浸かるだけの温泉です。奥が打たせ湯 手前に6・7人入れば満席だ。
鳴子 早稲田桟敷湯が正式名称だ。普段は早稲田の湯と呼んでいる。戦後まもなく早稲田大学理工学部の学生さんが実習で温泉を掘りあげたことからこの名前が付いているのだそうだ。
3月になると二十歳前後の学生さん達に人気の温泉です。若い人たちと一緒の入浴が愉しみでした。
コロナでねぇ 楽しみがねぇ~。
 2021.4.26  晴れ      山菜取りを楽しんできた     12
もうコロナのニュースは聞き飽きた。ワクチン接種の予約も取れたし5/27の接種を待つばかりだ。それまでは感染しないようにしないとね。てな訳で今日は栗駒山系の花山に行ってきた。山奥ですから人には会いません。マスクの必要性なしです。おもいっきり山菜取りを楽しんできた。今日の夕飯は山菜尽くしだね。おっとその前にタラの芽の天ぷらでキュッと一杯飲もうかね(笑)
左からウルイ・三つ葉・ワラビ・ミズ・タラの芽そしてコゴミです。もっともっと採れたでしょうね。でもね 私らは自分たちで食べる分しか採らない主義だ。
車からヒョイと左下を見たらコゴミの軍団を見つけた。ススキが生い茂っていたところのようで、枯れ葉を手でかき分けると陽が当たっていないみずみずしいコゴミが顔をだす。
伸びきったのもあるがその脇には新たに幼いコゴミがある。採り放題です。

タラの芽をゲット。丁度いい大きさです。高い所は植木剪定道具を使い切り落します。
これはウルイです。里ではギボウシなんて呼んで食べるものではないそうだが、奥山に入ると山菜です。これは漬物にするとすごく美味しい。油揚げと一緒に炒めても美味しい。私の大好物です。
 2021.4.10  晴れ      鮎川で美味しい鯨肉を          11
宮城のコロナは100人超えの毎日だ。知事のGo To Eatの再開が原因だ。そして感染者が増えると失策を逆手に取りいち早く県独自の非常事態宣言を出し、この度は蔓延防止発令なそうだ。
独り舞台の目立ちがり知事だからねぇ、プンプン!!
おかげで密になるところには行けません。なので山奥か海辺の人がほとんど居ない場所に行くしかありません(涙) 今日は一年ぶりに牡鹿半島の先の先の鮎川に行って美味しい鯨肉を食べてきた。
石巻市牡鹿町は捕鯨の町だ。鯨肉を食べる食文化がここにある。子供の頃には肉と言えば鯨だった。カレーの肉も鯨だったからなぁ。でも筋が多くあまり美味しいとは思えなかった。
キャッチャーボートの第16利丸だ。これで南氷洋に行ったのだろう。鯨を捕ったら船の両脇に抱え超大型の母船に持っていくのだそうだ。母船では鯨を解体して冷凍し日本に運ぶのだそうだ。(知り合いの元捕鯨船乗組員の話)
30年ぶりにPR館を訪れた。子供が小学生の頃だったからなぁ。その時とほぼ変わりはなかった。
私の町の一部は原発から30Km圏内にある。放射能避難命令発動地区だ。だから だから原発反対なのです。避難命令が出たら奥羽山脈を越えて山形に逃げ込む心の準備は常にしている。
最後にもう一つ言いたい!!
安全が確立されているなら津波の来ない東京のどん真ん中千代田区に設置したらどうだろう。ぜひともそれをやっていただきたい。
 2021.4.3  晴れ      平筒沼でお花見を     10
明日からお天気は下り坂なそうだ。6日(火)には遠く登米市までシルバーの仕事で行くことになった。町外なのでイレギラーなのだがお得意様の実家と言うことで承諾した。暇だったしね(笑) 下見を兼ねて三陸自動車道に車を走らせ、いつもの三滝堂道の駅で弁当やらアップルパイなど買って登米市登米町の平筒沼でお花見を楽しんできた。
※読み➜登米市登米町(とめし とよまちょう)
今日は気分を変えて登米市の平筒沼周辺を桜を観ながらウォーキングを楽しんできた。美味しいお弁当などお腹いっぱい食べた分のカロリー消費には少し足りなかったかな(笑)
 2021.3.27  晴れ      今日は奥松島の方に        9
今日日 暇を持て余し、暇つぶしするネタも無い、そして暇をもてあそぶにもコロナ禍で遊べないし(涙) でもなんとか「暇をもてあそぶ」ような暮らし方を工夫したいものです。町内の散歩コースも歩きつくした感じがする。なので今日は奥松島の方に出かけ、大高森に登った。50年ぶりかなぁ(笑)
ここは野蒜海岸です。震災復旧事業で海岸沿いはご覧のようにコンクリートでかさ上げされ道路から海が見えなくなっています。このコンクリートの堤防が延々と続きます。海岸沿いの景観はすこぶる悪くなった。これは自然破壊ですね。先の地震は1.000年に一度の大地震だそうです。
 
 1.000年後の為にこのような堤防が必要か。
 疑問です。
大高森はこの階段を40分せっせと上らなくてはなりません。散歩コースにはチョイときついです。
ここは月浜です。43年前に連れ合いとデートで来て以来の浜辺です。今日も一緒でした(笑)
 2021.3.25  くもり      暇をもてあそぶ◆      8
毎日を暇を持て余して生活している。そして暇つぶしに散歩したりドライブしたりしている。本当はそうではなくて「暇をもてあそぶ」行動をとらないといけない。これが簡単なようで難しい。こころの持ちような気もするけどね。まぁ 早く植木職人の仕事が始まればこんなことで気持が晴れないなんてないのだが。3・4件オファはあるのだが4月から始めるように調整しているようだ。  
岩出山の佐藤農場の梅を観に行ったが未だ開園していなかった。
暇にまかせて大崎市古川の宮沢地区にある長久寺のチョッと有名な「まるみがや」を観てきた。なにせ樹齢650年なそうだから超大木だ。
宮沢遺跡を見るよりフキノトウを摘んでいた方が連れ合いは楽しいのだそうだ(笑)
 2021.3.9  晴れ      パークゴルフのお誘い      7
暇でひまでどうしようもありません。週二回のバトミントンの練習ではとても とても足りません(笑) 知り合いからパークゴルフのお誘いを頂きましたから有無も言わずに参加させていただきました。ありがたいですねぇ。ここは大衡町のパークゴルフ場です。そして近くにはトヨタ自動車の生産工場がある工業団地です。整備されてとても気分良くプレイできます。
私はCグループでいちばん下手くそなグループです(笑) しようがないね超ビギナーだもの。
女性と一緒で会話も楽しめます。 高齢者の暮らし方など貴重なお話を聞くことができます。そう60代はほとんどいず70代が多いです。80歳の女性と一緒にプレイしました。私よりはるかにお上手でした。
 2021.3.4  晴れ      3.11も近いですから        6
三月に入ったら急に暖かくなり始めた。炬燵に入って本など読んでいる場合ではありません。3.11も近いですから南三陸の志津川に海を見に行きました。復旧工事はほぼ完了したように見えましたがどうでしょうねぇ。津波など自然の力も凄いですけど、復旧に掛ける人間の力も素晴らしく力強いものを感じます。我が家も地震の被害は甚大でしたが、津波や原発被害をおもえばまだまだ軽い方だった。
戦国歴史小説を読むとき必ずと言っても過言ではない「信長公記」という字句が出てくる。江戸時代に入り間もなく信長さまの家来だった太田牛一という人が記録として残したもので、きわめて信頼性が高いそうだ。語りつくされ取り上げつくされた信長様ですからここで何かを語ることはしません。
私にとっていちばん大好きな戦国大名です。
  
志津川湾です。ここはワカメを水揚げし茹でる場所、右の方に卸売市場そして製氷工場が並んでいる。大型船は入らないようですから、三陸の近海が漁場のようだ。魚の種類は多く新鮮ですからね。そしてホタテやほや貝・アワビの養殖も盛んです。 志津川湾に流れ込む川だが、護岸工事はもう少しで終わりそう。
津波がこの川を上ったのだろう。それは凄い勢いだったはずだ。
  
志津川湾の護岸堤防。内側は公園になっている。沿岸部はキレイに立派に整備されている。山手の方に復興公園や住宅地が整備されている。 この三陸沖から巨大津波が押し寄せてきた。家も人も飲み込んだ津波ですからねぇ。
今日の凪の海からは想像もつきません。
 2021.3.1  晴れ      板蕎麦二人前をペロリと       5
やっと待ちにまった3月に入った。弥生の由来は、草木がいよいよ生い茂る月なそうだ。なるほど最近は暖かくジッとして炬燵の運転手では気が滅入る。何時もの早稲田の湯に行こうということで車を走らせたが、途中急に山形の徳良湖温泉に行こうとなった。R108からR347に路線変更だ。鍋越峠の雪崩を心配したが取り越し苦労だった。
これこれ これを食べたくて来たのです。板蕎麦二人前をペロリと食べきりました。美味しかったぁ。しばらくぶりだったからなぁ。食べ方ですか? そんなのありませんよ、上品に食べてはこの蕎麦は美味しくいただけません。俺流に汁をたくさんつけずにズルズルと吸い上げます。辛子ダイコン入りの汁は後から味わいます。ワサビは汁に入れず蕎麦につけて食べます。要するに汁を最初から汚さずにして幾通りかの汁を味わってたべます。
これから この奥羽山脈を越えて山形県尾花沢に行きます。この山脈で大陸からの冷たい風を防いでくれている。宮城にとってはありがたい山です。雪崩防止の柵でガードしているのが分かる。
ここが県境で頂上付近の鍋越峠。このトンネルのおかげで峠越えが随分と楽になった。
トンネルを超えるとそこは山形県です。
尾花沢市に入りました。まだまだ雪と戦っているのが分かります。
この雪が解けて無くなるのにもうひと月もかかるでしょうねぇ。
徳良湖温泉です。ナトリュームイオンの泉質で、肌がヌルヌルスベスベする美肌の湯です。
露天風呂だが湯から出ると寒いねぇ。なので のぼせることはありません(笑)
 2021.2.23  晴れ      方丈記を読んだ       4
いつもの鳴子温泉早稲田の湯に行ってきた。大きな湯船は今日も独り占めだった。湯上りに桟敷席でゴロンと寝そべり方丈記を読んだ。800年前に書かれた随筆を読み少しは心の足しにしようかしらん。
ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。名文とはこういう文章なのだろうか、方丈記を読み進めていくと何事もこのフレーズに当てはまり、世の無常さについて最後までこれでもかと息苦しくなった。
        
方丈記は短い、原稿用紙にして20枚ちょっとなそうだ。昨日炬燵で永井路子さん訳の方丈記を読んでいる。今日は小林保治さん訳の方丈記を読んでみた。勿論あらすじは同じだけれども訳する方の捉え方で幾分方丈記に対する感じ方が違うようだ。
鴨長明は平安時代末期保元の乱の頃に生まれ、鎌倉時代の源氏三代の頃までの62年間を生きたそうだ。その間の無常観を随筆調に記したのが方丈記だ。今でいうBlog的と言ったら文学的価値にケチをつけるだろうか。長明が40代半ば下鴨神社付属社の河合社への禰宜就任を絶たれ50歳の春出家し洛北の大原に住んだがその後外山の中腹に庵を結び遁世生活をおくった。方丈記を書いたその庵は今風に言えば四畳半の広さで、方丈(1丈・約3m)四方であったことから、長明自ら、『方丈記』と名付けたそうだ。
長明の父は下鴨神社の禰宜で長明本人は歌人であり琵琶にも琴にも名手であったようだ。位階は従五位下なそうだから今でいう国家公務員の端くれだったようだ。わたしだったらそのままつとめのんびり和歌でも詠んで暮らそうと思うのだが。長明はそこが俗人と違うのだろうか。平家物語では「おごれる者久しからず」だが方丈記では世は未来永劫不変なものは無く、ゆく河の流れのごとく常に流転し、おごろうが、おごるまいが人間の営みは一切久しからずなそうだ。まるで水泡(うたかた)のようだと表現している。読んでみて無常観だけが心に残った。
人の一生どうせならポジテブに生きた方が良いよなぁ・・・
 2021.2.9  晴れ      エッセイは読んでいて疲れない       3
プチ コロナ禍ストレス解消に温泉入浴を楽しんできた。そうそう いつもの鳴子温泉郷早稲田の湯です。もう30年も通っているので主任さん以下皆さんと顔見知りで何かと融通を利かせてくれます。今日の担当は早稲田の湯PRポスターのモデルも兼ねている別嬪さんでした。いつもは裏方の事務所に居るんですが、コロナ禍でバイトさんを雇止めにしたので受付台で仕事をしているそうです。
んん~ん キビシイ~!!
"渡る世間は鬼ばかり"や"おしん"は皆さん見ていたでしょう。そうそう 橋田壽賀子さんの脚本です。図書館のエッセイ棚にある橋田壽賀子さん関連の本をササっと借りてきた。読んでみるとすごく読みやすい、小説家の本ではないので難しい熟語や難解な文章は一切なし。"渡鬼"を見ているような感じで読みきった。渡鬼とおしんの脚本の元となったネタは体験や取材に基づくものだったそうだ。うん エッセイは読んでいて疲れないし面白いね。
早稲田の湯の平日はほとんどお客さんが来ないそうだ。確かに入浴している間は私専用の温泉だった。寒かった 外は地吹雪状態です。でも温泉はご覧の通りゆったり しっとり 穏やかです。
ザブ~ン 手足を伸ばせるだけ延ばして大きく"フゥ~"とため息をつきます。
誰もいませんからね。好きなようにするんですよ。
 2021.2.2  晴れ      長編小説は読み切れない               2
毎年のことだが確定申告に行ってきた。自宅からe-taxで申告も可能だが、気分晴らしに税務署に行くことにしている。コロナ禍だから完全予約制で指定時間に行くと直ぐに申告手続きが可能だった。
暇つぶし散歩と睡眠読書は欠かせない(笑) 話はそれるがもう何年も前のことだが、ソ連のゴルバチョフ書記長が来日した時、日本の国の印象として、日本こそ社会主義の理想の国だと言ったとか。確かに退職してこのように暮らせていれば理想の社会主義国なのかもしれない。
この歳になると長編小説を読み切る気力がない。短編ものや対談集などに手が出やすい。
とくにエッセイなどは日常的に感じたことをさらりと書き綴っているのでとても楽しく読める。久しぶりに西部邁さんの本を読んだ。以前2・3冊読んでいるが難しくて途中で止めた記憶がある。東大闘争でリーダー的活動の経験がありその後いつの間にか保守の論客として名を馳せテレビにも出ていた。東大教授さまの思想の変遷に興味深かった。今回これを読んで左派から右派への転向のきっかけみたいなのが述べられていて少しはなぁるほどと納得した部分もある。
 2021.1.19  雪      海坂藩に行ってみたくなる    33
今年はなんと雪降りの日が多いこと。今日の外は吹雪いています。 東北人は蝦夷(エミシ)の末裔ですからジッと寒さに耐え春が来るのを心待ちにします。とか言っても私はこの節 人恋しく徒然で仕方がない。週に1度行くことにしている図書館、そこもコロナ禍でさっさと本を借りて退出しなければならない。いつもは炬燵に入り目を閉じると思い浮かべるのは子供の頃の思い出だったりする。
「蝉しぐれ」を読んだら俄然海坂藩に行ってみたくなる。もう20年ほど前のことだ。鶴岡市に入ったら町おこし的に藤沢周平関連の催し満載だったのを覚えている。勿論 ロケ地オープンセットも見てきた。そこで想像するんですよね、ふくがヤマカガシに噛まれて文四郎が口で毒を吸い取るシーンを。映画も観ましたそしてテレビでも観ました。最後にお福さまと文四郎が結ばれることころで終わるんですけど・・・
  
 ああ・・ 
 「たそがれ清兵衛」もよかったな。当時わたしは清兵衛よろし く17時丁度のチャイムが鳴ったらロケットスタートで帰宅した ものだった(笑)